TOPに戻る
前のページ 次のページ

Rainy days never stays


 音速を超えた銃の声が、全ての音を吹き飛ばして。
 不自然な無音の中、残響だけが耳鳴りのようにいつまでも残った。
「        」
 誰かが何かを叫んだ。五十嵐か、片桐か、あるいは俺か。何も聞こえやしない数秒。思う。
 ああ、やっぱりな。
 綺麗な五十嵐の部屋、争った形跡のない部屋。
 五十嵐の不自然に緩い拘束。
 片桐を見る五十嵐の目。
 些細な欠片が一つに繋がって、俺はやっぱりと思う。
 理由は分からないが五十嵐は了承済みでここに居るのだ。片桐は敵じゃない。
 少なくとも、五十嵐には。
「何だってんだ……」
 馬鹿馬鹿しい。
 俺は硝煙を上げる銃口と、穴の開いたコンクリートむき出しの天井を睨んだ。
 いつの間にか耳鳴りは止み、また雨の音が響いている。
 俺は冷たい床に押し倒されたまま、五十嵐を抱き締めたまま片桐を見た。
「当たらなくて良かったな、ボウズ」
「命拾いしたな、おっさん」
 銃を向けられ、発砲されても、そいつは一歩も動かず肩を竦めている。
 胸ポケットから趣味の悪い金ピカのシガレットケースを出すと、一本咥えて同じく金のジッポを片手で扱い火をつけた。
 馬鹿馬鹿しい。茶番だ。
 俺は銃を持った右手をほんの少し見つめ、重たい拳銃を床に置いた。
 片手じゃこいつを、しっかりと抱き締められない。
 俺はゆっくりと身体を起こし、銃よりも軽い五十嵐を両腕で抱きかかえた。
 片桐はもうこちらを見てすら居ない。ただゆっくりと、紫煙を胸に吸い込み。吐き出した煙の輪を目で追っていた。
「ユキは貰ってくぞ」
 片桐は俺を見てこの場に似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべた。
「千円札と同じだぜ」
「何が」
「俺が今拾ったもンさ…………さっさと行け。お迎えが来た」
 お望み通り、部外者二人は退場してやるよ。
「片桐ぃいいいいいいいいい!」
 俺とすれ違うように良が部屋に飛び込み、血まみれの身体で踊るように片桐に斬りかかっていく。全てが緩慢な数秒が過ぎる。
 五十嵐が口を塞がれたまま叫び。
 投げられたタバコが宙を舞い、落ちる。
 血溜まりに転がった火は消え。
 片桐は何も言わないまま片膝をつき、悲鳴さえ上げず大の字で床に寝転がる。
 俺は五十嵐の非難めいた視線を受け、腕の中から開放してやる。縄を解き、猿轡を外してやった。
 聞こえるのは大粒の雨がコンクリートの壁を打つ音だけ。
 五十嵐はふらふらと斬り捨てられた片桐の横に立ち、胸ポケットからタバコを取り出すと火をつけた。そして目を閉じた片桐の唇に咥えさせる。
「姉さんにとっても、俺にとっても、本物のアニキみてェな人だったンだ……」
 良がポツリと雨音に消されそうな声を出した。
 馬鹿馬鹿しいが、それでも俺は聞かずにはいられない。
「ならどうして殺したんだ?」
「組の為に決まってンでしょうが」
 辛そうに俺を睨みつける良を、俺は睨み返した。
 片桐も、良も、結局は組のことで五十嵐のことを考えてない。
 俺は五十嵐の頭に脱いだキャップを被せた。
「帰ろうぜ」
「…………」
 五十嵐が振り返る、涙が街灯の光を反射して。綺麗だと思う。
 胸元に押し付けられる温かさを抱き締めながら、静かな泣き声を聞いた。
 人が沢山死んだ日は、誰も彼もが馬鹿になるようだった。
 俺はただ、この腕の中の小さな温もりを守りたいと思うだけだ。
 ただそれだけだ。
 誰が死のうと、知ったことじゃない。例え片桐が最初から死ぬつもりだったとしても。
 そんなことは知ったことじゃない。


 
前のページ 次のページ
TOPに戻る
inserted by FC2 system