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第三話「この顔に、ティンと来たら110番」


 生まれて初めて告白された。

 それも男にだ。

 強烈な既視感と、甘ったるい匂いに眩暈がする。五十嵐からは今朝とはまた違う、陽だまりのような柔らかな香りがした。
――なんだって、こいつはこんなに良い匂いがするんだ。
 俺は動揺を悟られないように、眉間に皺を寄せる。
「赤くなってる」
「夕焼けだろ」
 面白そうに俺の顔を覗き込んでくる五十嵐に、俺はまたからかわれたのだと気付く。だが、今朝みたいな嫌な気持ちはあまり沸いてこない。たった一日で、感覚がこんなにも麻痺するなんて、慣れっていうものは恐ろしい。
 俺はなんとか五十嵐の肩を掴んで引き剥がし、一人でさっさと教室の出口へ歩き始めた。
「鞄忘れてるよ? ……随分軽いね」
 後ろから勝手について来る五十嵐を振り返らず、俺は歩きながら答える。
「教科書は全部机に入れっぱなしだから、何も入ってねぇんだよ」
 後ろ手に鞄を受け取り、黙ってすぐ先の下駄箱まで移動する。部活を終えた連中の下品な笑い声や、爽やかな怒鳴り声を聞きながら、俺は後ろからトコトコとついて来る足音に耳を澄ませた。
――これが女の子だったらなぁ……。
 全く、何してるんだろうな俺は。こいつもそうだ。
 下駄箱から、かかとが半分潰れボロボロになった靴を取り出し、床に放る。振り返ると、五十嵐がピカピカのローファーを取り出して、それを履こうと足を持ち上げているところだった。
「よいしょ」
 パンツが見えそう。
――いやいや。馬鹿か俺は、見てどうする。
 俺はとっさに辺りを見回した。根拠も無く、田中が現れるような予感がしたのだ。
 しかし、俺の目に映ったのは田中ではなく、ボタンをいくつも開けた赤いシャツの上から黒いスーツを羽織ったオールバックの男だった。そいつは校門の影から、じっとこちらを伺っている 。
「何だアレ……」
 そいつは背が百八十センチはあるだろう大男で、高そうなサングラスをかけている。表情は分からなかったが、薄い眉と日本人にしては高い鼻が鋭い印象を受ける。
 いや、そんな特徴を加味しなくとも、その男には独特の雰囲気があった。
 見ているだけで、人を不愉快にさせるアウトローの臭いだ。
 そいつはどこからどう見ても、ヤクザだった。
――なんでヤクザが学校に……。
 五十嵐は俺よりも驚いたようで、いつも半分ほどしか開いていない眼を八割程度まで見開いていた。
 まつげなげーな。
 しかし、それもすぐに元のやる気のない表情に戻り、その顔がこちらを向く。
「……裏門から回るか?」
 俺の提案に五十嵐は首を振り、真っ直ぐな視線を俺に送ってくる。
 目を逸らさないようにするのに、俺は相当な努力を要した。
 そして、五十嵐は俺の手を引いて、そのヤクザに向かって歩き始めやがった。
 同じ男の手とは思えないほど柔らかい。
「お、おい……」
 俺はとっさに手を振り解くが、すたすたと校門へ向かう五十嵐を放っておけず、仕方無しに追いかける。
 後数メートルで校門に着くというところでそいつは隠れられないのを悟ったのか、校門の柱から身体を離し俺たちの目の前に姿を現した。
 そして信じられないことに、俺たちに向かって土下座をするヤクザ。

 何がなんだか分からない。

 俺の困惑など置き去りにして、ヤクザは土下座したまま言う。
「お久しぶりです、姉さん。不肖、五十嵐組総代、五十嵐良、どうしても伝えなければならないことがあり、恥を忍んで参りやした。人目も憚らずのこのこ姿を見せたこと、どうかお許しくだせぇ」
 五十嵐は目を細め、俺が聞いたこともないような優しげな声をヤクザにかけた。
「大きくなったね、良君。頭を上げて…………君が、僕にそこまでする必要なんか無いんだよ」
 そして、五十嵐はヤクザの肩に手を置いて続けた。
「お父さんは、もう居ないんだから」
 五十嵐の口からでた言葉に俺はなんとなく――本当になんとなくだが、五十嵐がとってきた不可解な行動の理由が分かったような気がした。
 身内の不幸とは、親父のことだったようだ。
 そしてもっと重要なことは、五十嵐組の総代がこいつで、つまり、死んだ親父というのは――
「お心遣い、痛み入ります。ですが、これは俺が決めた道です。姉さんにとやかく言われる筋合いはねぇ。ましてや、姉さんが心を痛める必要なんか無いんです」
「ありがとう」
 五十嵐の言葉に顔を上げ、何故か感極まったように涙を流す良君。(ヤクザ)
 突然目の前で始まった任侠劇に、俺は頭を真っ白にしたまま突っ立っていた。
 もういい。何も考えたくない。早くおうちに帰りたい。
 しかし、待っていても一向に終わる気配の無い寸劇に、俺は茶々を入れるしかなかった。
 空気が重い。
「ええと、弟さんなのか……?」
「そうだよ。と言っても義理で、僕より半年くらい年下なだけだけど」
「この見た目で年下はねぇよ! どう見ても二十歳は超えてるだろ!?」
 そう叫びたかった。
 しかし、実際に口から出たのは無難な言葉だ。
「どうも」
「何だテメェは」
 俺の挨拶で初めて存在に気付いたかのように、リアルに青筋を立てて俺の前に立ちはだかる良君。
「いや、何だと聞かれても……その、アレだよ」
 情けなくどもりながら、俺はどうやったら一刻も早くこの場から立ち去れるのか考えた。
「チッ……はっきりしねぇ野郎だ。姉さん、こいつは信用出来る男なんですか」
「まあ、口が堅いのは確かだね」
 おい、やめろ。この弟の高感度を上げても絶対良いこと無いだろ。
「姉さんがそう言うなら……」
 言葉とは真逆に、良はサングラス越しでも分かるメンチを俺に切った。
 殺される。
「ここでは目立ちます。車を用意してありますんで、そっちへ行きやしょう」
 良は学校の外を手で示し、そして、ちらりと俺に目をやり言った。
「オメェも来い」
 堪忍して。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇拉致◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ガラス製のテーブルを挟んで、向かいに良。そして俺の隣に五十嵐が座っている。
 ソファのように居心地の良い椅子、書斎のような色合いの壁、そしてやたらと低い天井。俺は生まれて初めてリムジンに乗っていた。
 車に乗り込む前に会った妙齢の運転手は、三人くらい人を殺してそうな笑みで俺を出迎えた。
 生きた心地がしない。
 まな板の上の鯉のように固まっている俺の横で、五十嵐は両手でコップを持ってオレンジジュースを飲んでいる。
 五十嵐がジュースを飲み終わるのを待って、良はもう一度、頭をテーブルに付くんじゃないかというほど深々と下げた。
「申し訳ありやせん。単刀直入に言うと、姉さんは今タマを狙われていやす。片桐の野郎、俺が組長の後釜じゃ、不服だと抜かしやがる。ただでさえ、オヤジの仇討ちで組内はめちゃめちゃだってのに。俺じゃ若すぎる、連中そう言いやがる。俺が“誰よりもこの世界に長いって言うのにだ”」
 さらっと重いことを言う良君に、五十嵐はいつもの表情のままさらっと返した。
「ありがとう。それを僕に教えに来てくれたんだね」
 俺は両足を揃えて、その上に行儀良く手を置いて聞いていた。それ以外に何が出来る。俺は さっきから悲鳴を上げる胃の痛みに耐えるだけで手一杯だった。
 良は顔を上げ、感極まったような表情を見せた。
「礼なんて、やめてくだせぇ……。俺は、オヤジが必死になって、姉さんを“堅気”として育てようとしてきた努力を知ってるし、俺もそのために死んでもいい覚悟です。それを、その意志を無視 してまで、好き勝手やりやがる阿呆どもが、俺にはどうしても許せねぇ。オヤジの仇は必ず取るし、片桐の野郎も生かしちゃおかねぇ」
 熱の篭った声で一気にまくし立てた良は、一口水を飲み続ける。
「だが、人手が足りないってのが実情です。組は、頭を失ってバラバラになりつつある。片桐のクソ野郎が親父を裏切って、俺のタマ取ろうと躍起になってやがるンです。それに乗っかるアホどもは多くは無いが、こんなんじゃ、親父の仇討ちも出来ねぇ」
「“やった”人の目星は付いてるの?」
「多分、山内組の“ホモ野郎”だ。大幹部の……たしか名前を岩崎って言った」
「“ウチ”の親の?」
「姉さん。頼みやすから、ヤクザみたいな言葉は使わないでくだせぇ……。確かに、山内は“俺たち”の親だ。ですがね、“義理にも限度ってもんがある”――頭取られたのにだ、どうやッたら無い頭を下げられやすか」
 怒気を込めて良はそう言い、また頭を下げた。
「面目ねェ……。一番辛いのは、姉さんだってのに、俺は自分のコトしか頭にねぇんだ……許してつかァさい……」
 そして、車内は沈黙に包まれた。
 俺は、さっきの「日本語でおk」な会話をじっくりと頭の中で租借した。
 つまり、組長が殺された五十嵐組は後釜争いで内部分裂。前組長派と幹部の片桐派が争い、組長の娘である五十嵐の命も危ない。しかも、まだ組長を殺した人物もまだ野放しになっている、と。そういうことらしかった。
 俺は思いついたことをとっさに口から出していた。
「なあ……あんたが組長の仇を真っ先に討てば、その片桐って奴も文句が出なくなるんじゃな いか?」
 良はタバコに伸ばした手を止め、笑いながら俺を睨んだ。
 単にメンチを切るよりよっぽど怖い……。
「フン……あんた、意外と物分りが早ぇ。その通りだが、それだと姉さんの身に危険が及ぶ可能性がある。そんなことは、絶対にあっちゃならねぇ。取り合えず、姉さんには少しの間隠れ家で生活して貰いたいってコトなんですがね……」
 そう言って、タバコに火を点ける良。
「結局、こいつは姉さんのなんなんでさ」

「彼氏」

 空気が凍る。
 良が、自分のオヤジを殺されたということよりも、組内で裏切り者が出たことよりも、今の五十嵐の発言に一番怒っているのがハッキリと分かった。
 俺は理解する、こいつは重度のシスコン――いや、ブラコンだ。
 そしてもう一つ分かったこと。
 それは、五十嵐がとんでもなく嫌な奴だってことだ。
 こいつら兄弟は、どうしても俺を殺す気らしい。
「テメェ……本当なのか」
 選択肢が見える。
 恐らく、はいと答えても、いいえと答えてもバッドエンドだ。
 そもそも、こんな重大な秘密を俺に話せるということは、目の前に立っているこの男が簡単に人を消すことの出来る奴だってことだ。
 俺は、目の前に置かれたオレンジジュースを一口飲んだ。
 手が震えているような気がしたが、気のせいだと思うことにする。
 俺はまだ何か時間稼ぎ出来る物が無いか辺りを見回し、それが無いことが分かると、何を言うのかも決まってないまま口を開き――
「良君」
 五十嵐のたしなめるような言葉に、俺はあっさり助けられる。
 良は親に叱られた子供のように小さくなり、俺を恨めしそうな目で見た。
「すみません……、姉さんが認めた男ってんなら、俺にとってもアニキだ。……アンタ、名前は?」
「ニッキー」
 俺に代わって答える五十嵐。
「ヤクザってより、マフィアみたいな名前だな」
 いや、本名じゃないし。
 しかし、ありがとう五十嵐。ピンチを作ったのもお前の冗談のせいなので、なんか釈然としないがありがとう。
 俺は心の中でささやかな感謝の念と、邪念を五十嵐に送りつつ、
 次の五十嵐の一言を聞いた。
「良君、考えたんだけどね。ニッキーの家なら安全なんじゃないかな」

 邪念なんか送るんじゃなかった。
 意味が分からない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇帰宅中◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「お邪魔しまーす」
「いや、だから意味が分からない」
 青筋立てまくって顔がちんこみたいになった良君に「姉貴を泣かせたら殺す」と言われてから二時間後。俺は自分のボロアパートに帰ってきていた。
 良が言うには顔の割れていない俺の家というのは、ヤクザの用意したセーフハウスよりは安全だということだった。
 しかし、俺のズボンのベルトには、固くて黒い何かが挟まっている。
 良に無理やり渡された、リボルバーの拳銃だった。
 装填数六発の、俺でも見たことのある銃だ。しかし銘は刻まれていない。恐らくメイドインチャイナとかのまがい物なんだろう。チャイナかどうかはこの際どうでもいい。
「僕、男の子の家に来るのって初めてかも」
 広くない室内を見回す五十嵐は、とても浮いていた。
「俺もこんな格好をした野郎を家に上げたのは初めてだよ」
 皮肉たっぷりに言いながら、俺は腰のリボルバーを狭い台所の引き出しへ仕舞った。
 こんなものを使う時が来ないことを祈ろう。
 銃は好きだが、それはモデルガンじゃ人を殺せないと知っているからだ。
 俺には撃ちたい人間なんて居ない。
 相手がヤクザだったとしてもだ。
「なあ、お前の弟。お前が男だって知らないの?」
 冷蔵庫の中身を漁りながら、何気ない振りを装って聞く。
――なんもありゃしないや。
 聞きたいことは山ほどあったが、何を聞けばいいのか分からないし、答えてくれるのかも分からなかった。だが、聞かないよりはマシだ。
「知らないよ。僕が男だって知ってるのは、たぶん、この世で君だけ」
「そんなわけないだろ?」
 冷蔵庫には古いもやしと、いつ買ったのか分からない豚バラ肉が入っていた。
――コレ食えるかな。
 バナナと牛乳なら新鮮なものが腐るほどあるが、それで済ませるのはおもてなしの心に反するような気がする。
 全く歓迎する必要なんて無いんだけど。
 親父が殺されて、家にも帰れない奴を無下に追い出すわけにはいかなかった。
 そこで、俺は気が付いた。
 返事が無い。

――なあ、お前の弟。お前が男だって知らないの?
――知らないよ。僕が男だって知ってるのは、たぶん、この世で君だけ
――そんなわけないだろ?

 そんなわけないだろ?
 少なくとも、二人以上の人間が五十嵐の生まれた現場に居合わせてたわけだ。
 つまり、五十嵐の母ちゃんと、医者だ。
 だというのに、そんなわけは無いよな。
「アレ……戸籍とかは……?」
「女だよ」
「マジか……」
 そんなこと出来るのか。仮にも、ここは日本だ。未開の地じゃない。ルールのある先進国を名乗る国家だ。それだってのに、俺の後ろに居るあいつは、戸籍上でも女だと言う。そして、あいつが男だと知ってるのが俺だけだと言う。
「ありえん」
 俺は振り返った。
 音も無く、五十嵐が背後に立っていた。
「な、なんだ? 汚くて悪いが、適当に座ってろよ」
「なんで、そんなに優しいの」
「は?」
 俺は五十嵐に優しくしたつもりは――いや、あいつから受けた仕打ちを考えれば仏のように優しいだろうか?
 分からん。
 少なくとも、俺は自分では人生経験が豊富だと思っているんだ。
 しかも今日一日で俺は、男として一皮向けた気分だよ。五十嵐のお陰でな。
 人生とは、なるようにしかならないし、どうにもならないことが沢山ある。考えること全てに意味があるとは思わない。
 学校と違って、人生ってのは答えの用意された問題ばかりじゃないのだ。
 俺の口は、リムジンの中で過ごした無言期間を取り返すように動いた。
「別に、お前に優しくしてるつもりはねぇよ。俺は俺の世話で手一杯だ。お前のせいで変なことに巻き込まれちまったから、俺だって安全だとは言えないだろ。だから、自分の世話のついでに、手が空いたらお前を助けてやってもいい。お前の安全が確保できれば、お前は家に帰る。俺は安心して眠れる。ついでにお前の弟も心配が減る。それだけだ」
「怒ってもいいのに、あなたを巻き込んだこと」
 五十嵐は怒ったように言う。
 え? 逆切れ?
「じゃあ答えろよ……お前、女なの?」
「え?」
「お前は、自分のこと女って思ってんのかってこと」
 俺は冷蔵庫を閉めた。米が無いことに気が付いて、料理をする気が失せてきていた。
 遠くで、車のエンジンの音が遠ざかっていく。
「僕は……男だよ」
 五十嵐は、何かに耐えるように言った。
 とても男らしい性格とは言えないし、俺にしたことを思えば理解し難いが、そう言うならそうなんだろう。
「そうか」
 俺は頷いた。
 つまり、五十嵐は親父の考えで、“堅気”の人間として育てるため女を装うことになった。そういう話だ。女がヤクザの組長やってるなんて聞いたこと無いしな。
「けど……それだったら何で、お前の弟はヤクザなんかやってんだ」
「それは、お父さんが跡継ぎにするために、彼を養子にしたから……」
 なるほど。そのお陰で、五十嵐は普通――と言うか、まあまあ一般人な生活を送れていたわけだ。
「お前があの義弟《おとうと》にやたらと優しいわけだぜ」
 五十嵐は黙った。弟君に負い目を感じているのだろう。
 その辺りに、こいつの性格の悪さの原因の一端がありそうだが、俺はこれ以上追及するのは止めた。
 男なのに、女として生きなければいけなかった奴の気持ちなんて、考えても無駄なことの良い例だ。しかし、親父の目が無くなって、髪を切り男装しだした五十嵐の気持ちなら、なんとなくは分かる。
 そして、誰にも気付いて貰えなかった時の気持ちも、なんとなく、想像できる。
 要するに、あいつは寂しがり屋なんだ。たぶん。
「分かった。取り合えず、俺の貞操の危機は無くなったんだな?」
「え……? それって、どういう……」
 俺の放った言葉で、五十嵐の顔がみるみる赤くなる。
「ば、馬鹿じゃないのか。あなたを好きって言ったのだって、ただからかっただけで……」
 そんなの知ってるっつうの。これはお返しだ。
 慌てる五十嵐から視線を逸らし、俺は冷蔵庫を見た。もう、米無しでいいよな。
「もやしと豚肉のホットプレート焼」
「え?」
「晩飯のメニューだよ」
 分かったことは一つだけだ。
 結局、色々考えたところで、俺にこいつの考えていることなんて分かりはしないと言うことだ。
 元々俺は考えるのが得意じゃない。
 五十嵐は突然話の流れが変わったことに困惑しているようだったが、
「良くわかんないけど、作ってくれるならなんでも……」
 そんな殊勝なことを呟いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇レシピ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ニッキーの三分把握クッキング。

 今日のメニューは上の方に書いてあるアレです。

 もやしを二袋、ホットプレートに敷きます。もやしが隠れるくらいの量の豚バラ肉を上に乗せます。水を少量入れてから蓋をして、豚バラ肉に火が通るまで加熱します。
 火が通ったら完成です。簡単ですね。
 油は引かなくてもたぶん大丈夫です。火事になっても当方は一切関知しません。
 豚バラ肉でもやしを巻いて、ポン酢に付けて食べます。
 美味しいです。
 ご飯にもあいますが、ビールのつまみにもどうぞ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇完食◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 食った。
 全部平らげた。
 五十嵐が意外と大食いなことにビックリした。
「意外と量があったな……」
「僕もう動けない……」
 ちゃぶ台を挟んで倒れる俺の脚に、何か柔らかいものが触れる。
 同じく横になっている五十嵐が、非難めいた声を上げた。
「ちょっと……どこ触ってるの」
「ああ、すまん……」
 どこを触っていたのかはあえて考えず、俺は脚をどかす。
「お風呂入りたい……」
「お前、さっき動けないって言ったばかりじゃねぇか。それにこの部屋風呂なんか無いぜ」
「え?」
 がばっと身を起こす五十嵐。
「お風呂無いの?」
「シャワーなら、共用のが廊下に……」
「……覗かれたりしないかな」
「お前男じゃん……」
 俺は寝転がりながらうんざりと呟く。身も心も男だというなら遠慮はしねぇ。
「そういえば、着替え持ってきてない」
「一日くらい着替えなくても死にゃしないよ……」
「やだよそんなの」
 どこかで聞いたセリフだな。しかし、女々しいぞ五十嵐。
 まあ、急に男らしくなっても怖いが。
「じゃあ、せめてパジャマ貸してよ」
 何がじゃあなのかは不明だが、そういって部屋を漁り始める五十嵐。
「そんな上品なものはねぇ……」
「じゃあニッキーはいつもどんな格好で寝てるの?」
「パンツ一丁」
「不潔……」
 俺はむくっと身体を起こした。正直当分動く気は無かったんだが、仕方ない。
 適当に辺りを指し示してやる。
「確か、綺麗なワイシャツがそこら辺に……」
「下は?」
「綺麗なのはパンツくらいだな。ズボン代わりに丁度いいんじゃないか?」
「トランクス……?」
 ほとんど衣類の入っていないタンスを漁っていた五十嵐が、俺のパンツを広げて嫌そうな目で見た。
「あ、それは洗ってないかも」
「……なんで洗ってないのにタンスに入れるの? 信じられない!」
 じっと俺のパンツを見つめる五十嵐。
 そんなに見られると僕恥ずかしい。
 そして、あろうことか俺のパンツの臭いを嗅ぎ始める五十嵐。
「ちょっ!」
「臭い……」
「お前……それはショックだわ……」
「他に綺麗なの無いの?」
「お前は王様か? ……そこに放ってあるやつ、赤の」
「畳みなよ、これじゃ洗ったばかりには見えない……」
「文句言うならはくな」
 部屋の端で山盛りになっている俺の衣類を手に取り、片っ端から臭いをチェックする五十嵐。
 俺は再び横になり、腕で顔を覆った。
 パンツの臭いを嗅がれるとか、これなんて羞恥プレイ?
「じゃあ、シャワー浴びてくる」
 物色を終えた五十嵐が、俺のワイシャツとパンツを持って廊下に消えていった。
「…………タオル持ってけよー」

「タオル………………」
 あれ。
 俺、寝てたのか?
 時計を見ると、もう十一時近い。あれから、一時間も寝てしまったことになる。
 慌てて部屋を見回すと、五十嵐の姿が無い。
――あれ?
 シャワーだけで一位時間も掛かるか普通。
 俺は身体を起こし、台所に走った。
 引き出しを開け、拳銃の場所を確認する。
 心臓の鼓動が早くなる。
――待て、まてまて。まだ、これがいると決まったわけじゃない。
 俺は引き出しを閉めて廊下に飛び出し、簡易シャワーが三つある角まで走った。
 一つ、明かりの点いているシャワールームがある。
「い、五十嵐ー?」
 小さく呼びかける。
 そして、
「何? 覗きに来たの?」
 返ってきた声は間違いなく五十嵐のものだった。
 俺は何か気恥ずかしさを感じて、頭を掻く。
「いや、遅いからさ……」
「心配してくれたんだ。でもそんなに遅かったかな」
「いいんだ……ゆっくりしていってね」
「うん? ありがとう」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇無事帰還◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「上がったよ」
 玄関から声がして、振り返る。
「お前……下は?」
 そこに居たのは、俺のワイシャツだけを着た五十嵐だった。
 お前、そんな格好で廊下歩いたのか……?
「ウエストがぶかぶかでずり落ちちゃうからはけなかった。まあ、これでも下着は隠れるし」
 とことこと部屋の中に入ってきて、カーテンを閉める五十嵐。
 そして、くるりと身体を回して俺を振り返り、
「変かな……」
 恥ずかしそうに聞いてくる。



 狙ってるのか。
 そうなんだな。
「いや、変って言うか……」
 マニアックだぜ。五十嵐さん。
 男だと分かっているはずなのに、丈の合わないワイシャツから覗く白い生足が眩しい。
「お前……ホントに男なのか……」
 俺は思わずそう呟いて、

「また。確認、してみる?」

 上目遣いで見詰めてくる五十嵐の言葉に、激しく後悔した。
 俺はまた今朝の悲劇を繰り返すと言うのか――?


































 俺の考えなどお構いなしに、五十嵐の手がシャツを軽く持ち上げていく。
 ただでさえギリギリのシャツの丈が短くなり、ふとももが露わになる。
 そして、可愛いリボン付きのパンツが、俺の目の前に飛び込んできた。
――いや、これは……どう見ても女にしか……
 心臓の音が耳に響く。
 俺はほとんど無意識の内に手を伸ばし――



 
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