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番外編2「あぶないみずぎ」


 水色の絵の具をぶちまけたかのような、青く深い空からさんさんと太陽の日差しが降り注いでいた。セミは狂ったように大合唱、短いシャバの生活をそれなりに謳歌しているようで。
 要するにいつもの暑苦しい夏だった。
 俺はサウナ状態のボロアパートで一人畳に寝転がり、ウザったいくらいに晴れ渡った空を眺めていた。時刻は丁度十二時になり、テレビからお昼休みはウキウキな音楽が流れている。
「ニッキー」
「んー?」
「そうめん固めがいい?」
「うーん……」
 台所から聞こえる中性的な声に生返事を返した俺は、視線を空から天井に移した。
――暑い。
 現在の室温は三十七度。
 地球が微熱を出している。
 日本は全国的に猛暑だった。

「できたよー」
 白いフリフリエプロンが俺の視界をジャックする。
 その頂上に見える笑顔は、五十嵐優希のそれだ。
――名前がユキだから、こんな涼しげな顔でいられるんだろうか。
 そんな他愛も無い言葉遊びが脳裏を過ぎる。
「うまそうだ」
「僕が?」
 オレンジのような、甘い香りがした。
 俺は五十嵐の恥ずかしいセリフに顔が熱くなるのを感じながら、悪戯な笑みを浮かべるそいつの言葉を訂正してやる。
「そーめんのことだ」
「顔赤いよ?」
「……暑いからだろ」
 俺は身体を起こして会話を打ち切り、小さなちゃぶ台の前の万年床を座布団代わりにして座る。五十嵐もそれに習って俺の隣に腰掛けた。
「……ただでさえ狭いんだから、向こう側に座れよ」
 俺は太陽以外の熱気を肩に感じながら、ちゃぶ台の向こうを指差す俺。
「イヤです」
 そう言いながら余計に寄りかかってくる五十嵐。
「…………じゃあ左側に行け、腕が使えないだろ」
「食べさせてあげるよ、ほら……あーん」
 笑顔を浮かべて、つゆに付けたそうめんを俺の口元に運ぶ五十嵐。
「………………暑苦しい」
 俺はうめくように呟きながら、緊張で味の良く分からないそうめんを飲み込んだ。



「海に行きたいなぁ」
 そうめん三人前を入れたガラス製の器が空になると同時に、五十嵐は突然そう言った。
 こいつの手前勝手な言動にはもう慣れたが、それにしても唐突な提案に、俺のオーバーヒート気味の頭はしばらく思考停止した。
 俺が何か答えるよりも先に、五十嵐は慌てたように言葉を続ける。
「せっかくの夏休みなんだし」
――せっかくの夏休みねぇ……。
 確かに、長い夏休みをこのサウナルームで過ごすのは勿体無い気もした。
 しかし、しかしだ――

「お前、水着はどうすんの?」

 俺は目の前で行儀良く正座している、スカートをはいた男を見つめた。
「買いに行こうよ」
 会話が噛み合っていないような気がしたが、やはり買うのは女物の水着なのだろう。
 俺は湯だった脳みそを精一杯動かしながら、五十嵐の水着姿を想像してみた。
 浮かんだのは、学校指定のスクール水着だ。

 男にしては大きく突き出た形の良い尻と、そこから伸びる白く弾力のありそうな太もも、そして丁寧に処理されたつるつるの脇。
 水に濡れた髪が熱い太陽の陽射しを浴びてきらめいて――



――俺はバカか。
 暑さで頭がおかしくなってるのだろうか、桃色妄想渦巻く思考に、五十嵐の声が水を差す。
「ねぇってば」
「ああ……去年の水着は?」
「あるけど、小さくなってると思うし……新しいの欲しいし……?」
 両手をぺったんこな胸の前で合わせて、上目遣いに見つめてくる五十嵐。
 声は徐々に小さくなり、考えていることは見え見えだ。どうせ俺に買わせるつもりなのだろう、自分は結構な額の小遣いを貰っているくせに。
 全くこいつは。
「俺は買ってやらねぇからな……」
「ケチ」
「ケチじゃねぇ、まずは去年の水着試してみろよ」
 俺はわざとキツ目に言い放って、ひらひらを手を振った。
 これで当分は時間稼ぎが出来るはずだった。
 しかし、返ってきた答えは予想外のものだ。

「じゃあ今着てみるから、部屋出てよ」

――なんで持ってきてるんだよ。
 五十嵐の用意周到さに呆れつつも、俺は部屋を追い出され、廊下が部屋の中よりもいくらか涼しいことに大して、何か深い憤りを感じること数分。

「入ってもいいよー」

 五十嵐の声を合図に俺は居心地の良い廊下から、灼熱の部屋の中へと足を運んだ。

 目に飛び込んできたのは、想像していたよりもずっと“女らしい”五十嵐の姿だった。
「koreha」
 思わず呟いてから、五十嵐の不思議そうな顔に口をつぐむ。
 五十嵐が着ていたのは青地に白の水玉模様が入った、ごく普通な女物のツーピースだった。しかしサイズが小さいのだろう、五十嵐は短い水着のスカートを手で抑えて必死に前を隠すようにしていた。体勢は前かがみになり、平らな胸が微かに膨らんでいるような錯覚がした。
 いや、PADが入っているのなら本当に膨らんでいるのかもしれない。

「やっぱりサイズ小さいよ……」

 はにかみながらそう言う五十嵐に、俺の視線は自然と隠されている部分に移る。
「スケベ……」
「バッ! バカ、そんな目で見てるわけじゃねーよ」
 しかし、うん。

――これが女の子ならなぁ。

 俺は脱ぎ散らかしてある五十嵐の服から、女物の下着があるのを見つける。
「…………」
「なんで僕の下着取るの!?」
「いや、手が勝手に……」
 まだ温もりの残るそれを両手で広げてみると、白地に小さな赤いリボンがアクセントになっている、ごく普通のパンツだった。
「………………うむ」
「か、返して!」
「悪い……魔が差して……」
 自分のパンツを隠すように胸に抱える五十嵐に、何か男に感じてはいけないような感情を覚える自分を自覚する。
 俺は雑念を振り払うように首筋をかいた。
 そして、両手の押さえが無くなった水着のフリルが持ち上がり、五十嵐のプライベートゾーンが見えてしまっていることに気づく。
――もちろん、水着越しではあるが。
「特に違和感は無いけどなぁ」
「……どこ見て言ってるの」
 パンツを握り締めたまま、半眼で睨む五十嵐。
「いや、ちん――ゴファッ!」
「言うな!」
 俺のアゴを正確に貫く拳に、俺は星の涙を見た。
 涙目になりながらも、俺はなんとか水着を買わされまいと言葉を紡ぐ。
「いや、確かにスカートは短くなってるけど、それはそれで可愛いじゃん」
 可愛い……?
 いや、俺は今は水着を褒めているだけだ。何も問題は無い。
「そ、そうかな……」
 案の定、まんざらでも無さそうに握り締めているパンツをイジイジする五十嵐。
――舞い上がりすぎだ。
 考えてみると、五十嵐に対して可愛いなんて言葉を発したことは、そんなに無かったかもしれない。俺は何故か申し訳ない気分になりながら、心を非常に徹してこのまま褒め殺す作戦を決行する。
「うん。すげぇ可愛い、スカートから覗く水着とふとももが最高だ!」
「……そ、そんなに?」
 俺の熱弁に若干引きながらも、五十嵐の顔はまんざらでもなさそうだ。
 行ける。
「ああ、もっと近くで見ていたいぜ」
 この調子で明日もホームランだ。
「じゃあ、変じゃないか確認してくれる……?」
「ああ!」
 爽やかに返事をする俺。
 しかし、数瞬の間を置いて我に返る。

「…………ナニを確認するって?」

 冷や汗のでる俺に、五十嵐は自らスカートを持ち上げて言った。
「ここが、その……変じゃないか確認……」
 柔らかそうな唇から、途切れ途切れにいかがわしい単語が漏れる。

「して……?」


 してって言われましても。
 固まる俺を尻目に、五十嵐はペタンと女座りしたかと思うと、大胆に両足を広げた。
「恥ずかしいから、早くして……」
「え? あ、ああ……」
 俺は足を開いた五十嵐のあそこの前で前かがみになり、布越しに存在するであろうナニかを想像した。
――俺は一体何をしているんだ?
 悟りを開いてしまいそうな状況の中、俺は恐る恐る五十嵐のふとももを掴んで広げてみる。
 薄い布で覆われた五十嵐の股間は、男のものにはとてもじゃないが見えなかった。
 もっこりしてないにも程がある。

「どう……? へ、変じゃない……?」
「いや、全然変じゃないな……」
 変じゃないのが逆に変だ。
 本当に生えているのだろうか。
 俺はゆっくりと、ホフク前進をする歩兵のように、五十嵐の三角形に顔を近づける。
「……サポーターしてるのか?」
「ッ……う、うん……」
 それにしても、これは異常だ。
――まさか、本当に付いていないんじゃ……。
 ヤバイ。なんか興奮してきた。
 五十嵐のふとももに添えた手に力を入れ、もっと近くで確認しようと顔を近づける。
 あと少しでも近づけば鼻が触れてしまいそうな距離で、俺は五十嵐に聞く。
「……本当に生えてるのか、コレ」
 信じられん。
「わっ、悪かったね……小さくて……」
「いや、別に悪くないけど」

「んっ……!」

 突然漏れた五十嵐の卑猥な吐息に、俺の息子が何故か反応する。
「な、なんだよ。変な声出して……」
 顔を離して見上げた五十嵐は、目に涙を浮かべ、顔を真っ赤にして震えていた。
「だ、だって……息が当たるんだもん……」
「わ、悪い……」
 これじゃ、まるで俺が五十嵐に性的な悪戯をしてるみたいじゃないか。





「何やってるんだ……?」






 玄関から声がした。
 それは鉛弾のように冷たい声だ。
 俺は身体を硬直させ、あろうことか五十嵐の柔からかなふとももを両手で押し広げた格好のまま、凍ったように動かない首をどうにか動かした。

 そこには赤い服を着た、悪魔が立っていた。

――ああ、鉄子も頬を赤くすることがあるんだなぁ。

 そんなのん気な思考を最後に、俺の意識はどこか遠くへ飛ばされる。
 飛んでいく意識とは裏腹に、セミの声がやたらと大きく響いていた。



 夏はまだ、始まったばかりだった。


 
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